光輝学院イメージ
西東京保谷学習塾光輝学院 スマホ用ヘッダー
西東京保谷学習塾光輝学院 スマホ用メイン

2019年5月20日

ある日、いつものようにサイクリングを楽しんでいる途中で、信号が赤に変った。当然、私は自転車のスピードを落として止まろうとした。その私の前を年配の女性が歩いていた。その女性にぶつからないように、わきに寄って止まろうとした。ところが、その必要はなかった。女性は、ためらいもせずに、赤信号を無視して道を横断したからだ。

とは言っても、車が通る気配はない道路だから、これはよくある光景だろう。「おや?」と思ったのは、その背中に背負ったリュックに貼られた30㎝四方の布に書かれた文字を見たからだ。

「憲法9条を変えてはいけません」

「人を殺すのはやめよう」

こういった言葉が手書きで書かれていた。

確かに、誰にでも主張する権利はあるし、正しいことは誰が言っても正しい。

しかし主張をするなら、その方面においては、清潔であるべきではないか? 強盗犯が「泥棒はいけない」と言っても、泥棒がいけないということは正しい。だからといって、強盗犯が言うことに耳を貸すか?毛虫やムカデに殺虫剤を振りまきながら「生き物すべてに命がある」と主張する声を聴くか?

憲法を守ろう、刑法を守ろう。そう言うなら、せめて信号くらい守ってほしいと思う。

「だらしない生活を送るな」「本を読め」と主張する「だらしない」あるいは「本をまともに読まない」教師の声を、生徒が聴くことはない。

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
https://jyuku.me/blog/mt-tb.cgi/91