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2021年12月10日

コロナと日本人気質

「沈没船ジョーク」という、民族性や国民性を大げさに皮肉ったジョークがある。

沈没しかけた船から海に飛び込むように説得する場合、

アメリカ人には「飛び込めば、君は英雄になれるぞ」

イギリス人には「飛び込めば、君はジェントルマンになれるぞ」

ドイツ人には「規則ですから、飛び込んでください」

そして日本人には「みなさん飛び込んでいますよ」だ。

このジョークは、日本人は主体性や自主性、あるいや自己主張や主義が稀薄であることを皮肉ったものである。「他人がするから」とか「みんなが見ているから」という理由で行動を起こす日本人が(私を含めて)多数いることは否定できない。

そしてこの気質を、欧米人は否定的な捉え方をしてきたし、今でも肯定的にとらえているとは思えない。

ところが、だ。この「みんながするから」「みんながしないから」が、今回のコロナウイルス第5波が衰えて、今なお抑えられている大きな原因の一つだと、私は考えている。

日本人は、なかなか自分から言い出さない。また、自分から行動を起こさない。だから「外出は控えましょう」と言われれば、「そんなのは人権侵害だ」と騒ぎ出す人はいない。少しは不満に思うであろうが、すぐに受け入れる。欧米のように、強権的なロックダウンなど必要ない。激しいデモなどの暴力的な反対行動もない。政府の決定に誰も反対しないから自分も受け入れる。マスクもきちんとする。手の消毒も欠かさない。公共の場所では声のトーンも下げる。みんながそうしているからだ。

コミュニケーションがとりづらい、本音で話さない、同調圧力で行動が縛られる、などの欠点があることは理解できる。しかし一方では、円満な社会生活を営むために日本人が長い歴史の中で生みだしてきた「みんなに合わせる」という姿勢は、まんざら悪くないように思える。