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2017年4月28日

テレビのコマーシャルで、「CM上の演出です。決してマネをしてはいけません」という表示を目にする。しかし、マネをするなと言われればそのマネをしたくなるのが人情だと思う。ましてや、街なかの屋根や壁の上を縦横無尽に走り回ったり、カッコいい車に乗って峠道のカーブをとんでもないスピードでクリアしたくなるのが若者だろう。

マネをしてほしくないなら、そんなことをメディアで流さなければいいのに。

似たようなことが学校でもある。

「授業中に居眠りをするな」と言いながら、生徒が板書を写しているいる間に熟睡する教師。「スマホを学校に持ってくるな」と言いながら、授業中に生徒が問題を解いている間に、スマホで(友人と)ラインのやり取りをする教師。

先生と呼ばれる人なら、まずはその人自身が範を垂れる人物であってほしい。あるいは、そういう人物を目指して生きてほしい。

学校は言う。「親の意識が低い」「学校への理解が足りない」「生徒の態度が悪い」と。

本当か? 先生たちは、親の意識が理解できるほどの能力を持っているのか? 学校を理解してもらうための努力は足りているのか? 先生は、生徒一人ひとりへの思いやりから生徒の態度を正させる態度で、生徒に臨んでいるのか? 本当に足りないのは、先生たちの自覚と覚悟と自制心ではないのか?

若者は、やっぱりマネをするものなのである。

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