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2026年5月 8日

憲法条文だけ書いた理由

塾生から質問があった。「ブログに憲法の前文や9条が書いてありましたが、どうして先生の考えとか書かなかったんですか? なんか、変な思想を持ってるみたいですよ。」

私は特に思想や宗教に思い入れはない。では、なぜ前回のブログには憲法前文と一部の条文しか書かなかったか。それは、例えば9条の条文について考えてほしいからだ。

よく言われることだが、もう日本国憲法が通用する世の中ではない。世界の情勢に合わせた憲法を作るべきだ。
本当にそうか?
 
日本国憲法が施行されてから、ほぼ80年が経つ。説明するまでもなく、日本を含む、世の中は大きく変わった。いや、変わり続けている。個人の生活も、国家のあり方も、あらゆるものが80年前とは違っている。
ところが、だ。国際関係については、それほど大きく変わったようには思えない。
相変わらずK国は国内の政情が不安定になれば、太平洋戦争の頃の日本をもちだし、国民の興味をそらす。またC国やNK国は日本を敵国視しているだけでなく、領海や接続水域まで手を伸ばしてきている。
「日本を取り巻く国際情勢は、戦後、ますます緊迫している」と政治家は言うが、戦後ずっと緊迫していると思う。

太平洋戦争後の日本がC国やNK国と緊張した関係になることを、日本国憲法を公布する時点で、GHQは予測できなかったのだろうか。
そんなはずはない。

だとすれば、たとえ国際間の緊張が続いたとしても、あるいは緊張が増大したとしても、日本の「自衛」は決して自国防衛の範囲を越えないと宣言したと思われる。

時代の変化に追随してはならない。世界がどう変わろうと、日本は決して武器や兵器を持たない。他国から侮られようと、いわゆる「丸腰」でいなければならない。
どれほど戦力を備えようと、いったん戦争が始まったら、それを終わらせることは難しく、日に日におびただしい命が失われる。それはロシアとウクライナの戦争で証明された。
ならば、一切の戦争はしない。
攻撃されたからといって、攻撃してきた基地を反撃することなど許されない。そうして悲惨な戦争(戦争は全て悲惨だが)が始まるからだ。
闘わない。守るだけ。
守るに足りる武器や兵器は持つが、攻撃できるほどの戦力は持たない。
そう宣言したと思う。

時代に合わせて、あるいは情勢に合わせて変えられる「憲法」は「国家の軸」にはなりえない。
どれほど時代が変わろうと、国家間の情勢が変わろうと、ゆるぎない憲法の理念を考え続けたいし、考えてほしい。
変えるのは「日本国憲法」ではなく、世界のほうだ。