君はロックが好きですか。
僕はロックが大好きだ。
特に、1970年代のハードロックから始まって1980年代のヘヴィメタルという呼称が一般的になった頃がたまらなく好きだ。
ヘヴィメタルはうるさい。やかましい。だからBGMにはなりえない。ヘヴィメタルが鳴っていると、会話ができない。と思われている。
ヘヴィメタルは暴力的に見える。びょうが打たれた革ジャンに尖がった靴。キンキンの長い髪を振り乱して超高音で叫ぶ。そう、歌うのではなく、叫ぶ。ライブではギターを叩き壊し、暴れまくる。と思われている。
ヘヴィメタルは、聴いているぶんには他の音楽と変わらないが、演奏するとなると(クラシックほどではないが)そこそこ金がかかる。ギター1本というわけにはいかない。エフェクターと呼ばれる装置が何個も必要だし、何しろまずは音を出すアンプが要る。そしてアンプとギターをつなぐケーブル。弾いていれば劣化する弦も取り替えなければならない。と思われている。
ヘヴィメタルは、反体制的な思考を持つ人が好む。社会的に虐げられていると感じている人が好む。立ちたいのに目立たず、無敵な強さを持ちたいのに貧弱(体が弱いということではない)で、独立自尊で生きたいのに他人にとってはどうでもよく、そういったことに反抗する気持ちをあらわす音楽だ。と思われている。
だからDEEP PURPLEのメンバーが総理大臣に会ったということを大喜びするヘヴィメタル好きがいるのだ。日本の総理大臣が認めたハードロック/ヘヴィメタル。大いなる一歩だということだろう。
僕にとっては、どうでもいいことですけど。
ロックが芸術(アート)で、ロッカー(ロックの作詞や作曲、演奏をする人)が芸術家(アーティスト)かどうかも、どうでもいいことです。
詞とメロディが美しければ、僕はそれでいいんです。ロックには、物語性も主張も、思想も政治も社会も、何も要りません。美しい詞とメロディだけでいい。
ロニー・ジェイムズ・ディオのビブラートの効いた声、イングヴェイ・マルムスティーンのギターで弾くバロック。
総理大臣に会わなくても、政党の大会で歌わなくても、そんなことはどうでもいいことです。
そんなものが何もなくても、ヘヴィメタルは野性的で繊細な、やっぱり素晴らしい音楽なんです。


















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